ある日、Amazonで3Dプリンターの値段を何気なく調べていたら、3万円を切るモデルが出てきた。少し前まで、家庭用3Dプリンターといえば数十万円の代物だというイメージがあった。それが3万円を切っている。気づいたらカートに入っていた。
プラモデルの改造パーツを自作したい、というのが表向きの理由だった。破損した道具のパーツを作り直すのにも使えると思った。実用的な動機があったから、迷いが薄れた。でも本当のところは、「何か作れる機械が手元に欲しい」という衝動のほうが先にあった気がする。
3Dプリンターには、出力用のデータが必要だ。無料ソフトのBlenderを使うことにした。インストールして起動した瞬間、何十年か前の記憶がよみがえった。大学の授業でメディアアートのゼミに潜り込んで、3Dソフトを少し触ったことがある。当時は意味もわからず触っていたが、今改めて向き合うと、あのとき理解できなかったことが少しずつわかってくる感覚があった。
最初は破損した入れ物のパーツを作った。採寸して、モデリングして、プリント。ぴったりはまったときの達成感は、思ったより大きかった。「実用品を自分で作る」という体験は、なかなか新鮮だった。
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実用パーツを作ることに慣れてくると、次の欲求が生まれた。プラモデルに使う改造パーツだ。市販のキットには存在しないオリジナルのディテールや、形を変えたいパーツを自分で設計して出力できる。ガンプラの改造用パーツとして細かいバーニアやフィン形状を出力してみたら、思ったより精度が出た。
「既製品では手に入らないものを生み出せる」という感覚が、じわじわと広がってきた。3Dプリンターは「欲しい形を自分で作る機械」だ。それが手元にある、ということの意味をだんだん理解し始めた。
Blenderにはスカルプトモードという機能がある。粘土をこねるような感覚でデジタルの塊を変形させて、有機的な形を作っていくモードだ。試しに触り始めたら、手が止まらなくなった。猫のような、でも猫ではない、謎の生き物が画面の中に生まれてきた。
設計するというより、形を探っていく感覚だった。「何を作ろう」と決めずに手を動かしていると、気づいたら何かが出てきている。この「出てきてしまう」感覚が、楽しくて仕方なかった。創造というより、発見に近い。自分の中にあったものが、手を通じて外に現れてくる感じがした。
デジタルスカルプトが楽しくなると、今度は手で粘土を触りたくなった。スカルピーや石粉粘土を買って、テーブルの上で形を作り始めた。画面の中でやっていたことを、実際の手と素材でやってみる。テクスチャの感触、重さ、押したときの変形の仕方——全部違う。でも、楽しさの本質は同じだと気づいた。
「何かが出てきてしまう」という感覚は、デジタルでも粘土でも変わらなかった。道具が違うだけで、何かを作り出す衝動は同じ場所から来ているのだと思った。
3Dプリンター、Blender、スカルプト、粘土——気づいたら相当深いところまで来ていた。でも、これを「沼にハマった」と言うのが正確かどうか、少し迷っている。沼というと、どこか否定的なニュアンスがある。でも今感じているのは、純粋な充実感だ。
プラモデルを再開したときも、ラジコンの工房を夢想したときも、根底にあったのは「何かを作りたい」「手を動かして何かを生み出したい」という欲求だったと思う。3Dプリンターはその欲求に、道具として応えてくれた。沼ではなく、自分の中にずっとあったものへの帰還なのかもしれない、と今は思っている。
Blenderを勧めると「難しそう」と言われることが多い。実際、最初は戸惑う。UIが独特で、慣れるまでの時間がかかる。でも「何かを作りたい」という具体的な目的があれば、必要なことは自然と覚えていく。「あのパーツを作りたい」「この形を出したい」という欲求が、学習の原動力になる。YouTubeには丁寧なチュートリアルが無数にあって、英語でも字幕があれば大体わかった。
3Dプリンターも、最初は設定に手間取った。スライサーソフトの設定、フィラメントの温度、造形の向きによるサポート材の入り方——覚えることはそれなりにある。でも1枚プリントするごとに少しずつわかってくる。失敗しても材料費は数十円だ。その気軽さが、試行錯誤のハードルをずいぶん下げてくれたと思う。
手を動かしていると、気づいたら何かができている——そういう感覚を持ったことがある人には、造形はすごく合うと思う。絵を描く、楽器を弾く、料理をする、庭の手入れをする——どれも本質は同じだと思っている。何かを作ることの喜びは、できあがったものより、作っている最中にある。
3Dプリンターは今がちょうどいい入口だと思う。機器の価格が下がり、ソフトは無料で使えて、情報も豊富だ。プリントしたものを粘土で加工する、粘土で作ったものの形をBlenderでデータ化してみる——デジタルとアナログを行き来できるのが面白い。「沼」という言葉に少し怖さを感じるかもしれないが、自分が好きなことに時間を使っているだけだ、と今は思っていて、それで充分だという気がしている。
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