饒舌なる静かな多様性論者のブログ

【8月6日・原爆忌】81年間の不使用記録――「核を使わなかった人類」を、一度本気で褒めてみないか?

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8月6日の朝が訪れました。

毎年、この日が巡ってくるたびに、私たちは広島、そして数日後の長崎に思いを馳せます。テレビから流れる平和記念式典の映像、黙祷を捧げる人々の姿、そして連日報道される重苦しい世界情勢のニュース。

「深まる国際対立」
「高まる核の脅威」
「危機的状況を迎える安全保障」

ニュースで語られる言葉はどれも険しく、どこか絶望的な響きを帯びています。テレビのコメンテーターは厳しい表情で緊張感を訴え、SNSでは「いつかまた核兵器が使われるのではないか」「人類はまた同じ過ちを繰り返すのではないか」といった不安や暗い予測が飛び交っています。

確かに、楽観視できる状況ではありません。軍縮条約の失効や形骸化、技術革新による兵器の小型化や戦術核の議論、さらには世界各地で頻発する地域紛争など、リスクの種は尽きません。

ですが、8月6日というこの特別な日に、あえて少しだけ立ち止まり、視点を180度変えてみませんか。

1945年8月6日に広島、8月9日に長崎へ原爆が投下されてから、今日で丸81年が経ちました。

この81年間、世界中でどれほど激しい紛争が起きても、どれほど国同士が激怒し合っても、人類は一度も核兵器を実戦で使いませんでした。

この「81年」という数字の重みを、私たちはどれほど正しく評価できているでしょうか。

人間という生き物は、一度手に入れた強力な道具や技術を「使わずに我慢する」ことが極めて苦手です。科学技術の歴史を振り返れば、新しく開発された破壊的な兵器──鉄砲も、ダイナマイトも、毒ガスも、爆撃機も──は、ほぼ例外なく戦場で試され、使われ続けてきました。

それにもかかわらず、人類史上最も凄惨な破壊力を持つ核兵器だけは、最初の使用から81年間、たったの一度も「実戦での発射ボタン」が押されていません。

暗いニュースに呑み込まれ、「人類はダメだ」「また悲劇が起きる」と絶望するのではなく、この「81年間耐え抜いてきた人類の理性」を一度しっかり評価し、いわば「褒めて伸ばす」アプローチがあっても良いのではないかと、私は思っています。

人類が81年間見せた「3つのすごさ」

「使わなかったのではなく、相互確証破壊(使えば自分も滅びるという恐怖の均衡)によって使えなかっただけだ」「単に運が良かっただけだ」という冷めた見方もあります。

しかし、仮に「運」や「恐怖の計算」であったとしても、その極限の緊張状態を81年間もコントロールし続け、破滅を回避し続けた事実は変わらないと思います。

人類がこの81年間に発揮した「すごさ」は、大きく分けて3つのポイントに整理できると考えています。

 キレても踏みとどまった「土壇場の自己コントロール能力」

冷戦期の1962年に起きたキューバ危機をはじめ、人類は「いつ核戦争が起きてもおかしくなかった瞬間」に何度も直面しました。国家のプライドが激しくぶつかり合い、指導者が感情的になり、軍のトップが早期攻撃を強い口調で進言するような極限状態が幾度もありました。

また、政治的な対立だけでなく、システムの誤作動による恐怖の瞬間もありました。レーダーが渡り鳥の群れや太陽光の反射を「敵からのミサイル発射」と誤認し、報復システムのカウントダウンが始まりかけた事故は、歴史上判明しているだけでも複数存在します。

そうした極限の恐怖と混乱の中で、最後の最後に発射ボタンを押さなかったのは、現場の兵士や国家指導者たちの「これを使ったら人類が終わる」という土壇場での踏みとどまりでした。感情やプライドが暴走しそうな局面で理性のブレーキを効かせ続けたこの自己コントロール能力は、人類史において誇るべき実績だと感じています。

惨禍から学びを得た「高い学習能力」

1945年8月6日と9日、広島と長崎で起きた出来事は、人類に測り知れない衝撃と傷痕を残しました。一瞬で都市を壊滅させ、何万人もの非戦闘員の命を奪い、放射線障害によって何世代にもわたって人々を苦しめる──その地獄のような光景を目にした時、世界は「これはこれまでの兵器とは根底から異なる、一線を越えた存在だ」と深く認識しました。

人間は過ちを犯す生き物ですが、同時に「過ちから学ぶ」ことができる生き物でもあります。1945年の悲劇を単なる過去の惨事として片付けることなく、「二度と繰り返してはならない」という強烈な反省と教訓として世界中で共有し、それを81年間更新し続けていることは、人類の学習能力の高さを示していると思います。

 目に見えないルールを守り抜いた「共感と規範」

国際政治学の世界では、核兵器に対する人道的な拒絶感を「核のタブー(Nuclear Taboo)」と呼びます。

核兵器を使わない理由は、単に「相手から報復されるのが怖いから」という力学的な計算だけではありません。「核を使うことは人道的に許されない行為であり、それを行った国家は国際社会から完全に孤立し、永久に致命的な道義的コストを支払うことになる」という、目に見えない規範(タブー)が強固に作り上げられたからだと考えられています。

国籍も、言語も、宗教も、政治体制も異なる世界中の国々が、81年もの長きにわたってこの「目に見えないルール」を共有し、尊重し続けている。これは、利害だけで動くと思われがちな人間社会において、非常に高度な共感性と社会性が機能している証拠だと言えるのではないでしょうか。

なぜ今「褒めて伸ばす」視点が必要なのか

人材育成、子育て、スポーツの指導などの現場では、教育心理学の観点から「失敗やリスクばかりを叱責する(減点方式)」よりも、「できている行動や成果をしっかり認めて褒める(加点方式)」方が、望ましい行動が定着しやすく、成果が出やすいことが知られています。

絶えずダメな点や危機ばかりを突かれていると、指導される側は「どうせ自分は何をやってもダメなんだ」という学習性無力感に陥り、自暴自棄になってしまうからです。

これは、国際社会や平和に関する議論においてもまったく同じことが言えるのではないかと、私は思っています。

8月6日を迎えるたび、連日「世界は危機に瀕している」「いつ核が使われてもおかしくない」という絶望的な情報ばかりを注入され続けると、私たちは知らず知らずのうちに無力感に苛まれます。「人類はどうせ愚かだから、いつか自滅する運命なんだ」と諦めてしまうことこそが、最も危険なトラップなのかもしれません。

だからこそ今、「自分たちは81年間も耐え抜く理性を持っていたんだ」という自負を持つことが必要なのではないでしょうか。

心理学では、自分なら課題を達成できるという確信のことを「自己効力感(Self-Efficacy)」と呼びます。

「私たちは冷戦の激しい対立も、数々のシステムエラーも、土壇場の理性で乗り越えて81年間不使用記録を維持してきた。その実績と知恵が私たちにはある。だからこそ、次の100年も、200年も、絶対にこの不使用記録を更新し続けることができる」

こうしたポジティブな自己効力感と誇りを持つことこそが、情勢が混沌とする現代において、安易な破滅論に流されず、粘り強く平和を維持するための強固なエネルギーになるのではないかと思っています。

81年のバトンを次の世代へ

81年という年月は、決して「偶然のラッキー」だけで維持できるような短い時間ではありません。

そこには、過去の悲劇を語り継いできた被爆者の方々の静かな告発があり、ギリギリの外交交渉に命を削った政治家たちがおり、誤作動の警報に対して冷静に踏みとどまった現場の兵士たちがおり、そして「平和でありたい」と願い続けた世界中の市井の人々の思いがありました。

これまでの81年間は、人類が「恐怖」に怯えていた時間であると同時に、人類が「理性」を勝ち取り続けてきた時間でもあると、私は感じています。

8月6日の今日、ニュースを見て不安になったときは、ぜひ思い出してください。ニュースが報じる「緊迫」の裏側には、常に「81年間ボタンを押さなかったという人類の踏みとどまりの歴史」がズッシリと横たわっています。

「よくぞ81年間、一度もボタンを押さずに耐え抜いた。人類、実はかなり偉いじゃないか」

一度そうやってこれまでの歩みを正当に評価し、誇りを持つこと。そしてその誇りを胸に、「不使用記録の連続更新」という歴史的チャレンジを、次の世代へとバトンタッチしていければいいなと思っています。

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……と、綺麗にまとめたところで。

いま世界のリング上で睨み合い、物騒な玩具をチラつかせているリーダーたちにも、この「81年の誇り」をしっかり叩き込んでやらなきゃいけません。

最後はあの方の熱いスタイルで、魂のパフォーマンスを送ってこの記事を締めくくりたいと思います。

最後に:世界のリーダーたちよ、マイクを持って一言言わせてもらうぞ

「おい! 紙袋から爆弾出すんじゃねえぞ!」

……いや、まずはマイクを持って一言言わせてもらうぞ。

人類のみなさん!
こんばんは!!

81年間、核兵器を使わずに耐え抜いたな!
冷戦だのミサイル危機だの、いつ血の雨が降ってもおかしくねえリングの上で、よくぞ最後まで耐えて、そのボタンを押さずに踏みとどまった!

人間、頭に血がのぼったら何しでかすかわかんねえもんだ。だけどな、全員で「これ使ったら全員ノックアウトだ」ってことを腹に括って、81年も我慢してきたんだよ!

えらい! 本当にえらいぞ! マイクパフォーマンスだけじゃ言い足らんくらい、立派な戦いぶりだ!

そして、いまリングの四方に立ってる首脳ども! よく聞け!!

プーチン!
核のチラ見せで相手を脅すような真似は金髪鬼もびっくりだぞ! 本当の強さってのは、一番重いパンチを持ってても決して振らない我慢強さのことなんだよ! 81年の重みを汚すんじゃないぞ!

トランプ!
「俺が一番だ」って言うなら、世界を破滅させない一番のセコンドになって見せろ! ビッグマウスは威勢がいいが、核のボタンだけは絶対に引っ込んでろ!

ネタニヤフ!
怒りに任せてセコンドの制止もきかずに暴走するな! リングごと破壊しちまったら、勝利も何もなくなっちまうんだよ! 一歩引く勇気を持て!

イランの指導部!
報復の連鎖でマイクを握りしめたまま暴動を起こすような真似はやめろ! お互いに引けなくなったら終わりだ。ここで耐えてみせるのが、本当のプロの矜持ってもんだ!

いいか、お前ら!
81年間つないできたこの「不使用記録」という栄光のベルトを、自分たちの代で手放すようなダセえ真似だけは絶対に許さんぞ!

今日という8月6日の日に、もう一度しっかり理性のタッグを組んで、次の世代にこのベルトを引き継いでいこうじゃねえか!

わかったか!!

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