饒舌なる静かな多様性論者のブログ

美輪明宏さんの訃報に寄せて――『ヨイトマケの唄』が遺した、エンジニアと労働を巡る「残酷な真実」

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2026年6月28日、歌手で俳優の美輪明宏さんが91歳で亡くなられたというニュースが世界を駆け巡りました。

最期に「ありがとう」という言葉を遺し、生前「この世のすべての問題を解く鍵は愛です」というメッセージを私たちに託してくれた美輪さん。その波乱万丈の生涯の中で、日本の音楽史・文化史に燦然と輝く金字塔が、1965年に発表された自作自演の『ヨイトマケの唄』です。

この歌は一般的に、「貧困や差別に負けず我が子を育て上げた母親の無償の愛」と、「立派に育ち親孝行を果たした息子の感動ストーリー」として語り継がれてきました。

しかし、美輪明宏さんという稀代の表現者がこの世を去った今、私たちがこの歌から受け取るべきは、単なるお涙頂戴の感動話ではありません。この物語の結末には、戦後日本がひた走った高度経済成長、ひいては現代の私たちが直面している「技術革新が人間の労働を奪う」という冷徹なパラドックスが、すでに克明に焼き付けられていたのです。

その訃報に接し、多くの人が代表作である『ヨイトマケの唄』をあらためて聴き返したのではないでしょうか。

この曲は長年、「貧しい暮らしの中で必死に働き、我が子を育てた母親への感謝」を歌った名曲として愛されてきました。差別や貧困に負けず学び続けた息子が成長し、亡き母へ感謝を捧げる物語として、多くの人の涙を誘ってきた作品です。

もちろん、その読み方は間違っていません。

しかし、私は今回あらためて歌詞を読み返し、以前とはまったく違う印象を受けました。

『ヨイトマケの唄』は母への感謝だけではなく、「技術の進歩によって消えていく労働と、その陰で失われる人間の尊厳」を描いた歌として読むこともできるのではないか。

そして、その問いは半世紀以上を経た今、AIが急速に社会を変えつつある時代だからこそ、より切実に響いてくるように思えます。

「ヨイトマケ」という仕事は、なぜ消えたのか

そもそも「ヨイトマケ」という言葉を知らない世代も多いでしょう。

ヨイトマケとは、建築や土木工事で地盤を固めるため、重い槌(つち)を何人もの人が綱で引き上げ、掛け声に合わせて落とす作業のことです。

「ヨイ、トマケ」という掛け声から、その名が付いたとも言われています。

当時は極めて過酷な肉体労働でした。

炎天下でも、雨の日でも、人間の体だけを頼りに働く仕事です。

しかし、ブルドーザーやパワーショベル、重機の普及によって、こうした仕事は次第に姿を消していきました。

それは技術の進歩でした。

同時に、一つの職業が歴史の中から消えていく瞬間でもありました。

「今じゃ機械の世の中で、おまけに僕はエンジニア」

歌の終盤、主人公はこう歌います。

「今じゃ機械の 世の中で
おまけに僕は エンジニア
苦労苦労で 死んでった
母ちゃん見てくれ この姿」

一般的には、これは貧困から抜け出した成功物語として読まれます。

母親が命を削って働き、そのおかげで息子は教育を受け、立派な技術者になった。

確かに、それは間違いなくこの歌の重要なテーマでしょう。

しかし、私はここに、もう一つの物語が重ねられているように感じます。

「今じゃ機械の世の中で」という一節は、単に時代が変わったことを表しているだけではありません。

主人公は、その「機械の時代」を支えるエンジニアになったのです。

一方で、母親が命を削って続けてきたヨイトマケという仕事は、まさにその機械化によって姿を消していった仕事でもあります。

もちろん、歌詞には「息子が母親の仕事を奪った」とは書かれていません。

それは読み過ぎかもしれません。

しかし、

母親が懸命に働き、そのお金で育てた息子が、結果として「人力の時代」を終わらせる側の技術者になった。

そんな歴史の皮肉を、この歌は静かに想像させます。

私は、この「エンジニア」という一語は決して偶然ではないように思えてなりません。

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技術は人を救い、同時に仕事を終わらせる

ここで誤解してほしくないのは、私は技術の進歩を否定したいわけではありません。

むしろ逆です。

機械化によって危険な仕事は減りました。

重労働から解放された人もいます。

事故は減り、生産性は向上し、日本は豊かになりました。

技術が人間を救ってきたことは、疑いようのない事実です。

しかし、その進歩は必ず誰かの仕事を終わらせます。

失われるのは収入だけではありません。

長年積み重ねてきた経験。

仕事への誇り。

社会に必要とされているという実感。

人は、お金だけで働いているわけではありません。

仕事は、自分が社会とつながるための居場所でもあります。

だから、仕事が消えるということは、単なる失業ではなく、「自分の役割」が失われることでもあるのです。

『ヨイトマケの唄』は、そのことにも静かに目を向けているように思えます。

AI時代の私たちは、この歌を他人事として聴けるだろうか

この構図は、現代にも驚くほど重なります。

AIが翻訳を担う。

AIが文章を書く。

AIがプログラムを書く。

事務作業も、画像制作も、会計も、自動化が急速に進んでいます。

以前は「機械は肉体労働しか代替できない」と言われていました。

しかし今は、知的労働まで代替の対象になり始めています。

しかも、そのAIを開発しているのは、多くの場合エンジニアです。

ですが、そのエンジニア自身も、生成AIによって仕事の一部を代替され始めています。

つまり、「技術を生み出す側」と「技術によって仕事を失う側」は、固定された立場ではありません。

時代が進めば、その役割は入れ替わります。

だから、この歌は決して「エンジニアが悪い」という話ではないのです。

技術そのものは善でも悪でもありません。

問題は、その変化の中で取り残される人の尊厳を、社会がどう守るのかということです。

美輪明宏さんが問い続けた「愛」

美輪明宏さんは、生前、

「この世のすべての問題を解く鍵は愛です」

という言葉を残されたそうです。

私は、その「愛」とは、家族愛だけを意味していたのではないと思います。

時代が変わるたびに、役割を失う人がいます。

新しい技術に適応できず、自分の居場所を失う人がいます。

効率化の陰で、誰にも見向きされなくなる仕事があります。

そうした人々に目を向け、その尊厳を忘れないこと。

それもまた、愛の一つの形ではないでしょうか。

『ヨイトマケの唄』は、母への感謝を歌った不朽の名曲です。

しかし同時に、近代化の陰で静かに姿を消していった労働者たちへの鎮魂歌として読むこともできる。

私は、そう考えています。

だからこそ、この歌は1965年の作品でありながら、AIが社会を大きく変えようとしている2026年の私たちにも、なお鋭い問いを投げかけ続けているのです。

美輪明宏さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、その作品が遺した問いを、これからも語り継いでいきたいと思います。

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