饒舌なる静かな多様性論者のブログ

【居眠り議員vs炎上型政治家】どっちもどっち?「議員叩き」に附和雷同してはいけないと思う理由

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最近、議会中に居眠りをしている議員と、それを厳しく糾弾する議員との対立がSNSやネットニュースで大きな話題になっています。

動画の切り抜きを見ると、多くの人がこう思うはずです。

  • 「税金で給料をもらっているのに寝るなんてあり得ない」
  • 「こんな議員はすぐに辞めるべきだ」

私自身も、議会中の居眠りを擁護するつもりは毛頭ありません。市民から負託を受けている以上、公務中の居眠りは批判されて当然ですし、議員として決して褒められる行為ではないからです。

ただ、今回考えたいのは「居眠りが悪いかどうか」という単純な話ではありません。本当に考えたいのは、次の2つの問いです。

1. 私たちは政治家を評価するとき、本当にその「一場面」だけで判断してよいのだろうか?

2. 居眠り議員を批判する側の政治家やインフルエンサーを、無条件に「正義の味方」として評価してしまっていないだろうか?

SNS時代は、怒りが瞬時に拡散しやすい時代です。だからこそ、SNSの熱狂から一歩引いて、冷静に考えてみたいと思います。

1. 居眠り議員は批判されて当然である、という大前提

まず最初に確認しておきたいのは、居眠り議員を擁護したいわけではないということです。

議会は市民の代表が集まり、税金の使い道や条例などを審議する重要な場です。そこで眠っている姿が撮影されれば、市民が不信感を抱くのは当然でしょう。会社員が大事な会議中に居眠りをしていたら大問題になるのと同じで、議員だからといって特別扱いされる理由はありません。

また、有権者の視点に立てば、「普段どれだけ頑張っているかは知らない。少なくとも、いま目の前で寝ていた」という感覚になるのもごく自然なことです。

政治家は「結果」だけでなく、有権者からの「信頼」も求められる職業です。その意味で、居眠りという行為そのものが厳しく批判されること自体は避けられません。

しかし、だからといって「じゃあ、叩いている側が正義だね」と話を終わらせてしまうわけにはいかないのです。

2. 「叩く側」が常に正しいとは限らない

近年は、誰かの失敗や不祥事を強く糾弾することで注目を集める、いわば「炎上型」の政治家も増えています。

もちろん、不正や問題行動を指摘すること自体は必要です。権力者を監視する役割は、民主主義において極めて重要だからです。しかし、その「指摘の動機や手法」には注意深くあるべきです。

SNSの世界では、次のようなコンテンツが爆発的に拡散されます。

  • 「悪い人を徹底的に叩く動画」
  • 「分かりやすい敵」がいて、「分かりやすい正義」が勝つシナリオ

これらは見ている人のフラストレーションを解消し、一時的に「スッキリ」させてくれます。しかし、実際の政治とは、本来そんなに単純なものではありません。本当に地域を良くするためには、以下のような地道で目立たない仕事が不可欠です。

  • 予算案を1行ずつ精査する
  • 時代に合わなくなった制度を地道に改善する
  • 行政(役所)の担当者と粘り強く交渉する
  • 地域の住民一人ひとりの声を集める

誰かを激しく批判することは瞬時に注目を集めますが、「批判のバズ」だけで街が良くなるわけではありません。私たちはつい「叩いている人=正義の味方」と思いがちですが、本当に見るべきなのは「その人が、批判の先に具体的に何を実現したのか」という実績ではないでしょうか。

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3. 議員の仕事は「議会(表舞台)」だけではない

居眠り動画がこれほどまでに叩かれる背景には、私たちの心の中に「議員は議会に出ている時だけ働いている」というイメージがあるからかもしれません。しかし実際には、多くの議員の本当の主戦場は「議会の外」にあります。

もちろん、議員によって活動量には大きな差があります。中にはほとんど仕事をしていないように見える議員もいるでしょう。ですが、熱心に活動している議員の場合、表から見えない部分にこそ膨大な時間を使っています。

① 委員会での実質的な議論
全員が集まる「本会議」は、いわば事前の話し合いの結果を承認するセレモニーに近い側面があります。実際の詳細な議論や、予算・条例の細かなチェックは、少人数で構成される「委員会」で行われることが少なくありません。本会議の映像だけを見ていると、この一番濃い議論の部分が見落とされてしまいます。

② 政策研究と情報収集
行政に対して実効性のある質問や提案をするためには、凄まじい事前準備が必要です。法律を読み込み、予算資料を確認し、他自治体の成功・失敗事例を調べ、専門家の話を聞く。こうした地味な作業は動画映えしませんし、SNSで話題にもなりませんが、政治の質を支えているのは間違いなくこの部分です。

③ 地域でのドブ板活動・相談対応
住民からの相談対応や現場視察も重要な公務です。「道路のここが危険だ」「子育て支援の手続きが煩雑すぎる」「福祉制度の網から漏れている人がいる」といった、生活に密着した声を行政に届ける役割です。テレビやSNSに映る時間よりも、地域を歩き回っている時間のほうが圧倒的に長い議員もたくさんいます。

もちろん、「議会外で頑張っているから本会議で寝てもいい」という話には絶対になりません。しかし、「議会で見える一瞬の姿が、その議員の仕事のすべてではない」ということは、有権者として知っておく必要があります。

4. 私たちは何を基準に政治家を評価すべきか

では、居眠り議員もダメ、それを過激に叩く炎上型の政治も危険だとしたら、私たちは何を基準に政治家を選べばよいのでしょうか。私は、次の3つの視点が大切だと考えています。

評価の視点 具体的なチェックポイント
① 実績を見る パフォーマンスの派手さではなく、「その政治家が何を実現したのか」「どんな具体的な提案をして、どう課題を解決したのか」という成果を見る。
② 継続的な活動を見る 一つの切り抜き動画や一枚の写真だけで全人格を判断しない。普段からどのような活動を積み重ね、長期的に地域に貢献しているかを見る。
③ 自分で調べる 短い動画は強い印象を残しますが、全体像は伝えてくれません。議会報告(広報紙)に目を通す、議員自身の公式発信を見るなど、一手間を惜しまない。

民主主義は、「有権者が自分の頭で考えること」を前提に成り立っています。

怒りは大切。でも、「思考停止」してはいけない

政治に対して怒りや問題意識を感じること自体は、無関心でいるよりもずっと健全な姿です。

問題なのは、その怒りが「思考停止のエンタメ」に消費されてしまうことです。誰かをSNSで悪者にして叩き、動画を見てスカッとして終わる。それでは、地域の現実も、政治の質も1ミリも変わりません。

政治を変えるのは、感情の爆発ではなく、結局のところ「選挙での冷静な一票」です。そして選挙でより良い判断をするためには、「誰が悪いか(誰を叩けばスッキリするか)」ではなく、「誰が、何をしてきたか」を冷徹に見極める目が必要です。

まとめ

居眠り議員は批判されて当然です。公務中の居眠りを正当化することはできません。

しかし一方で、その一瞬の姿だけを見て政治家全体を判断したり、過激な糾弾パフォーマンスに無条件で拍手を送ったり(附和雷同)することには、強い警戒心を持つべきです。

政治は本来、動画映えする派手な場面よりも、地味で見えにくい仕事の積み重ねによって動いています。

だからこそ私たちは、「誰が一番大きな声で怒っているか」ではなく、「誰が実際に地域のために動いているか」を見極めなければなりません。

SNSの怒りの渦に飲み込まれることなく、一歩引いて全体を観察する。その冷静な姿勢こそが、いまの時代に最も求められている有権者としての政治参加なのではないでしょうか。

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