少し前に、阿部慎之助監督の事件を題材に、「正しいシステムが家族の泥臭さを置き去りにしていく」という記事を書きました。あの記事では、親だって人間だからカッとなる瞬間はある、だけどその感情がシステムに直結してしまう現代の冷たさがしんどい、というところで止まりました。
書き終えてから、ネットにはあの事件への様々な反応が流れてきました。その中で「まあわかるよな」と思えるものも多かったのですが、一つだけ、どうしても受け入れられないものがありました。
巨人OB・中畑清さんの発言です。反抗期の娘さんを「ごめんなさいと言うまで叩き続けた」という経験を、「私なりの教育だった」として明かしたものでした。
私の感想は、一言でした。それ、美談にしてはアカンやつや。
誤解のないように先に言っておきます。私は「親が感情的になること」「手が出てしまうこと」を、完全に否定できる立場にはありません。人間だから、どんな親でも感情のコントロールが利かなくなる瞬間はある。それは100万歩譲って「起きてしまうこと」として、現実として受け止めなければならないと思っています。
ただ、「仕方なかった」と「美しかった」は、まったく別の話です。
「あのとき手を上げてしまった。あれは間違いだったと今でも思っている」——これは、失敗を抱えた親の正直な言葉です。誰かを傷つけることはあります。でも、それを悔やんで、次は違うやり方を探す。そういう失敗の処理の仕方が、まだ誠実だと思います。
一方で、「謝るまで叩き続けた、あれが私の教育だった、だから今の娘がある」という語り方は、まったく別のものです。それは失敗の告白ではなく、暴力を「成功した教育手段」として位置づける行為です。
なぜ「美談化」がいけないのか。それを少し丁寧に考えたいと思います。
まず、美談として語られると、それを聞いた人は無意識に「そういう教育もアリなのかも」と学びます。有名人が言えばなおさらです。「あの中畑さんも、謝るまで叩いて、それで子どもがちゃんとなったって言ってた」——そういう記憶として残っていく。暴力が「実績のある手法」として流通してしまうのです。
次に、語られる側——つまり、叩かれた娘さんの経験が、上書きされます。「あれはお父さんの愛情だった」という物語に。本人がどう感じていたかに関わらず、公の場で「あれは正しかった教育」と定義されてしまう。これは当事者にとって、非常に残酷なことだと思います。
そしてもう一つ。美談化には、語り手を「反省から解放する」効果があります。失敗を「実は正解だった」に変換できてしまうから、そこから何も学ばなくていいことになる。叩いても謝らなかったケースや、心に深い傷を残したケースは、美談からこぼれ落ちたまま、誰にも語られません。
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「でもあなた、前の記事では『システムが冷たすぎる』って書いてたじゃないですか」と言われそうなので、少し整理します。
私が前の記事で感じていた「しんどさ」は、「家族の不完全さに、一切のグラデーションが許されなくなった」という感覚についてでした。感情が爆発した瞬間が即、逮捕・キャリア破滅に直結する社会の冷たさ、です。
それと、「暴力を美談として語ること」は別の問題です。
システムへの違和感は、「失敗した人間への共感」から来ています。一方、美談化への反感は、「その失敗を美徳として上書きすること」への拒否感です。共感することと、称賛することは、まったく違います。
親が感情的になってしまうことへの「わかる」という気持ちと、それを「よかった話」として語ることへの「ちがう」という気持ち。この二つは、同時に成立します。どちらも諦めたくありません。
私が理想とするのは、「完璧な親」でも「美談を持つ親」でもなく、「失敗を失敗のまま抱えて、それでも前に進もうとしている親」です。
あのとき手を上げてしまった。あれは間違いだった。でも、そこから何かを学ぼうとしている。そういう親の姿は、美談じゃなくていい。格好悪くていいし、答えが出なくていい。
美談にしてしまうと、その「格好悪さ」が消えてしまいます。失敗が「実は正解でした」に変わってしまう。そしてまた誰かが、同じ手段で「教育」をしようとする。
しつけと暴力の境界線について、昭和と令和で意見が割れることは理解しています。だからこそ、その境界線をどこに引くかではなく、「失敗を美しいものに見せない」という一点だけは、ちゃんと守りたいと思っています。
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