高橋由美子の「友達でいいから」が、ふとした瞬間に頭の中で流れることがあります。
あの、イントロの最初の数秒。プラスチッキーなシンセの音。どこかで聴いたことのあるビート。1994年の曲なので、もう30年以上前になります。
「チープだな」と思います。今の耳で聴けば、音の作りは明らかに時代を感じる。でも、なぜか止められない。むしろその「チープさ」が、胸のどこかをピンポイントで押してくるような感覚があります。
なんでポップミュージックは安っぽく聴こえるのに、こんなに惹かれてしまうのだろう、とずっと不思議でした。少し考えてみると、そこには音楽の構造と、人間の脳の仕組みが絡み合っていることがわかってきました。
ポップスが安っぽく聴こえる最大の理由の一つは、「次に何が来るか、完全にわかってしまう」ことだと思っています。
カノン進行、王道進行と呼ばれるコードの組み合わせは、何十年も形を変えながら無数のヒット曲に使われてきました。サビの前に必ず盛り上がりがあり、落ちサビがあり、大サビへ向かう。構造が読めてしまう。
クラシックやジャズと比べれば、ダイナミクス(音量の起伏)もずっと少ない。スマートフォンのスピーカーでも街中の騒音の中でも聴こえるよう、最初から最後まで音圧を均一に最大化するように作られています。これが「のっぺりした平坦さ」に繋がる。
でも面白いのは、「予測できる」ことが、脳にとっては快感だという点です。
人間の脳は、複雑で未知なものを処理するときにエネルギーを使います。逆に、シンプルで展開が読めるものに対してはリラックスし、「親しみ」や「安心」を感じるようにできています。ポップスの「わかりやすさ」は、脳にとっての実家のようなものです。構えさせず、一瞬で懐に入ってくる。
「安っぽい」と思う気持ちと「惹かれる」感覚が同時に起きるのは、この矛盾のせいだと思っています。
現代のポップスは、デジタルで緻密に作られています。
リズムはパソコンのグリッド上に1ミリの狂いもなく配置される。歌声はオートチューンで音程が完璧に補正される。生のドラム演奏が持つ微小な「ズレ」や「タメ」、声の震えや少しの音痴さ——そういった人間的な揺らぎが、ほとんど排除されています。
その結果、音がつるつるしたプラスチックのような質感になります。これが「チープさ」に映る理由の一つです。
ただ、この「完璧すぎる歪み」が、逆に機能することもある。生々しい人間の声より、加工された声の方がある種の「記号」として機能しやすい。特定の個人の歌声ではなく、「誰かが歌っている歌」として受け取れるから、聴き手が自分の感情を投影しやすくなる、ということが起きます。
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高橋由美子の「友達でいいから」は、まさにこの「チープさが武器になっている」曲の典型だと思っています。
サビのメロディは、日本人がDNAレベルで哀愁を感じてしまうような、ストレートで予測通りの短調展開です。何のひねりもない。だからこそ1回聴いただけで頭に残り、切なさがダイレクトに届きます。
もしこの曲が、豪華な生オーケストラやお洒落なジャズアレンジで演奏されていたら、どこか「映画の中の物語」のように遠くなっていたはずです。あの、少し安っぽくて日常の延長線上にあるようなサウンドだからこそ、放課後の教室や夕暮れの街、誰もが経験したことのある泥臭い片思いの情景が、鮮明に浮かんでくる。
「友達でいいから あなたの輪の中にいれて」
複雑な比喩も、詩的な言い回しも使っていない。ストレートで、ベタすぎるくらいの言葉です。でもその「記号の余白」の中に、聴き手は自分自身の思い出をいくらでも代入できます。高級感がないからこそ、個人の記憶の引き出しにスルッと入ってくる。
クラシック音楽やジャズが素晴らしいことは、疑いません。でも、それらは「聴くための準備」をある程度要求します。文脈を知っていること、ある程度の集中力を持って向き合うこと。
ポップスはその逆です。準備なしで、不意打ちのように来る。深みではなく、刺さり方が違う。
高級料亭の出汁の旨味は、噛み締めるほど広がります。でも、深夜に食べるカップ麺の塩分が「エモーショナルに染みる」夜もある。それと似たようなことが、音楽でも起きていると思っています。
ポップスのチープさは、欠点ではなく仕様です。誰の日常にも寄り添えるよう、意図的に削ぎ落とされた結果です。「友達でいいから」が30年後にも頭を流れるのは、その「軽さ」が日常の感情と等身大でフィットしているからだと思っています。
少し意地悪な見方をすれば、ポップスの「安っぽさ」は、高度な計算の結果でもあります。
万人に届くための最適化。感情を素早く動かすための記号化。「深く考えさせない」ための平坦なダイナミクス。これらは、職人的な音楽制作の技術です。チープに聴こえるように作るのは、実は難しい。
「ポップミュージックの偉大さは、それがどれほどチープであるかということと密接に結びついている」と語る音楽評論家がいます。これは皮肉ではなく、本当のことだと思います。
高尚な芸術の重みを持たない代わりに、一瞬で世界をカラフルに変える力がある。「友達でいいから」のイントロが流れたとき、私の中で何かが一瞬だけ1994年に戻ります。それはチープなものにしかできない、固有の魔法だと思っています。
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あなたにも「チープだとわかっているのに、抗えない曲」がありますか?ぜひコメントで教えてください。