仕事の息抜きに、ライブカメラを見るのが好きです。viewsyncというサービスで全国のカメラを4つ並べて、4Kモニターに映している。渋谷のスクランブル交差点、北海道の原野、沖縄の海中カメラ。自分は机の前に座ったまま、画面の向こうで世界が勝手に動いている。
そこへ、和歌山のアドベンチャーワールドが動物ロボットを作っているというニュースを読みました。本物のペンギンがいる動物園が、なぜかペンギンのロボットも作っている。「本物がいるのになぜ」という問いが記事のタイトルにあって、それがずっと頭の中に残っているのです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/cca3cb89ec7347d998cf799c59ec06f1659864ae
ロボットの動物と、ライブカメラの動物。ふたつを並べて考えていたら、「本物の体験」とは何なのかという問いにたどり着きました。
ニュースによると、動物園のロボットプロジェクトには複数の目的があるようです。直接触れることで動物への関心を高める。動物福祉の観点から、本物の動物への負担を減らす代替手段にする。動物園の外でも出張展示できるようにする。
いずれも、人間の意図が明確に込められています。「これを伝えたい」「こう感じてほしい」という設計のもとに作られている。ペンギンの動きを忠実に再現するために、職員が生態を観察してモーターに落とし込む。ウエットスーツ素材の表面につまようじで模様をつける。すべてが「本物らしさを伝えること」のために最適化されているのです。
これは、ある種の「翻訳」だと思います。本物のペンギンが持っている何かを、人間が受け取りやすい形に変換している。変換の過程で、どうしても作り手の意図が入り込む。
一方、ライブカメラはどうかと言うと、カメラを置いた人間の意図はほぼそこで終わっています。「映してください」と設置した瞬間以降は、向こうが勝手に動いているだけです。
動物のライブカメラなら、動物は誰かに見られているために動いているわけではありません。お腹が空いたから動いている。眠いから動かない。それだけです。何も起きない時間が何十分も続くことがある。ライブカメラあるあるですが、それが逆に本物っぽい。
ロボットは「何かを伝えるために動く」。ライブカメラの動物は「自分のために生きているだけで、たまたま映っている」。この差は、思ったよりずっと大きいと思っています。
哲学者のボードリヤールは、コピーがオリジナルを超えてリアリティを持つようになる「シミュラクル」という概念を提唱しました。ディズニーランドがその典型として挙げられます。本物の街より整備された街並み、本物の動物より安全に会えるキャラクター。「現実より現実的なもの」が増殖していく。
動物ロボットは、ある意味でこの延長線上にあると思います。本物のペンギンより近くで触れる、本物のペンギンより説明してくれる、本物のペンギンより管理しやすい。機能という意味では、ロボットが本物を上回る部分が出てくる。
でも、ライブカメラはまったく逆の方向に行っている気がします。あれは「本物が向こうにいて、こちらが覗かせてもらっている」という構造です。整備されていない。意図されていない。だから、何かが起きたときの驚きがある。
ライブカメラを4画面並べて眺めていると、ときどき「あ」という瞬間があります。動物が突然フレームに入ってくる。見知らぬ街の交差点でドラマのような場面が起きる。誰かが傘をさして歩いている。それが何の脈絡もなく視界に飛び込んでくる。
これは「見せてもらった」体験ではなく、「たまたま見てしまった」体験だと思います。自分が動かなくても、向こうが勝手に動いている。コントロールできない。でも、そのコントロールできなさが、息抜きになっている理由のような気がしています。
ロボットの体験は「わかった」で終わる。ライブカメラの体験は「たまたま」で始まる。この非対称さが、両者の本質的な違いではないかと思っています。
プラグマティズム的に考えると、「機能するなら本物」という結論になります。動物ロボットで動物への関心が高まるなら、それは本物の体験です。ライブカメラで癒されるなら、それも本物の体験です。どちらが「より本物か」を競う必要はない。
ただ、どちらの体験を求めるかは、目的によって違うと思います。「理解したい」なら、意図を持って設計されたロボットの方が向いているかもしれません。「偶然を楽しみたい」なら、ライブカメラの方が向いている。
私がライブカメラを好きな理由は、たぶん後者です。仕事中に何かを「理解する」ことは十分やっている。息抜きのときくらい、自分の意図と関係なく動くものを眺めていたい。ロボットは「見る私」のために動いているが、ライブカメラの向こうは「私などいなくても」動いている。その無関係さが、逆に心地よいのかもしれません。
「本物がいるのになぜロボを作るのか」という問いを出発点にしながら、気づいたら自分がなぜライブカメラを好きなのかを考えていました。ニュースの記事がそういう思考の入口になるのは、なかなか面白いことだと思っています。
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