かつては、「いい大学を出れば、安定した企業に入り、一生食いっぱぐれない」という時代がたしかにありました。
そしてその前提のもと、「子どもを持つなら大学まで出してあげるのが当たり前」という空気が、長く社会の常識とされてきました。
けれど今、私たちが生きている社会はどうでしょうか。
正社員になっても生活が苦しい。
共働きでも将来が見通せない。
年功序列や終身雇用は崩れ、住宅ローンも子どもの教育費も、不安定な収入の上に成り立っています。
社会全体が“貧しくなってきている”という実感が、多くの家庭を覆っているのです。
子どもを持つかどうかを考えるとき、必ず話題にあがるのが「教育費」の問題です。
特に、「大学まで行かせられるかどうか」という不安は、将来の見通しを立てるうえで重くのしかかります。
ですが、ここで一つ立ち止まって考えてみたいのです。
本当に、すべての子どもが大学に行く必要があるのでしょうか?
今の日本では“大学全入時代”と呼ばれるほど、多くの人が大学へ進学します。
その背景には、「大学を出れば生涯年収が高くなる」「安定した人生につながる」といった“信仰”にも似た考えが根強く残っています。
今では、子ども1人を大学卒業まで育てるのに、最低でも1,000万円以上がかかるといわれています。
それを「子どもができたら当然の出費」として引き受けるには、あまりに重すぎる時代になってしまいました。
私自身、大学は必要に応じて行くべきものであって、「全員が行くべき」とは思っていません。
実際、大学を出たのに低賃金の仕事にしか就けず、奨学金という名の“借金”を抱えたまま社会に出る若者が増えています。
私の周りでも、大学を出たけれど、特に大学教育の恩恵を受けたとは思えない仕事についている人がたくさんいます。
これはもう、“投資に見合ったリターンが返ってくるとは限らない”時代に入ったということです。
しかし現実を見てみると、多額の奨学金という名の教育(奨学)ローンを背負いながら大学を卒業し、決して高くない賃金の仕事に就いている若者も少なくありません。
返済の重荷に苦しみ、生活に余裕が持てず、結婚や子どもを諦める -そうした声も増えています。
もちろん大学で得られるものは学問だけではなく、人脈や視野の広がりなど貴重な価値があります。
ですがそれが本当に「投資」として“見合っている”のか?
あるいはどれくらいの人に見合ったリターンが返ってきているのか?
そうした問いを抜きに、「とりあえず大学には行くもの」と進学を当然視する風潮には、疑問を感じずにはいられません。
一方で、高卒で社会に出て、現場でスキルを磨き、自立した生活を築いている人もたくさんいます。
早くから働き、経済的に自立し、将来の選択肢を広げる——そんな人生だって、十分に尊い。
にもかかわらず、「大学に行かないのは可哀想」「親の教育力が足りなかった」などという空気が、今も一部には残っています。
でも、それは本当に今の時代に合った考え方でしょうか?
むしろ、**“社会の変化に応じて進路の多様性を認めること”**こそ、次の世代に必要なまなざしだと私は思うのです。
今、改めて見直されつつあるのが「高卒就職」という選択肢です。
高校を出てすぐ社会に出ることで、早くから経験を積み、収入を得て、自立した生活を築いていく。
その道は、決して“負け組”ではありません。
むしろ、働きながら学び直す機会が整ってきた現代においては、「まず社会に出てから進路を見直す」ほうが、結果的にコスパがいいという可能性すらあるのです。々を共有するか」で価値を持つものだと私は思います。
「子どもができたら、大学まで出すのが当然」
この思い込みが、子どもを持つことへのハードルを必要以上に高くしています。
でも実際は、子どもとどう生きるか、どこで何を学ぶか、その“選び方”こそがこれからの時代に合った親子のあり方なのではないでしょうか。
子育ては、学歴や肩書ではなく、「どんな関係を築けるか」「どんな日々を共有するか」で価値を持つものだと私は思います。
社会が豊かだった時代の子育てモデルを、今にそのまま持ち込むのは、親にとっても子にとっても過酷です。
今の私たちは、**「すべてを与える親になる」のではなく、「一緒に考え、選んでいく親になる」**ことが求められているのかもしれません。
「大学に行かせられないから子どもは無理」と思う人にこそ、
「子どもを持つことは、必ずしも“完璧な教育費負担”とセットではない」という視点を、そっと届けたいと思います。
いまだに、「大学は行っておくべき」「大卒じゃないとまともな仕事がない」と言われることがあります。
たしかに、かつての日本では「いい大学 → いい会社 → 安定」というルートが王道でした。
でも、今の社会はどうでしょうか?
そんな声があふれているのが、いまのリアルな現実です。
「子どもができたら大学まで出さなきゃ…」というプレッシャーが、子どもを持つかどうかの判断に大きな影を落としています。
でも、大学に行くということは、本当にそれほど“正義”なのでしょうか?
そして——
高卒で就職し、通信制大学で学ぶという選択肢
これは決して“妥協”ではなく、むしろ今の時代にフィットした、合理的なルートなのです。
項目 | メリット |
---|---|
💰 学費の安さ | 通信制大学は4年間で50〜80万円ほど。私立の1年分以下のことも。 |
💼 早期の経済的自立 | 高卒で働けば、4年間で約700〜900万円の収入を得ることも可能。 |
⏳ 時間の柔軟性 | 自分のペースで学べる。働きながらの学び直しに適している。 |
🎓 学歴の価値 | 通信制でも「大卒」資格が得られる。就職・資格・大学院も可能。 |
💡 キャリアの自由度 | 働きながら将来像を見直し、進路を“更新”できる柔軟さ。 |
今は、社会人大学院・リカレント教育・副業など、「学び直し」や「柔軟な学び」が当たり前の時代。
「高卒で働く」も「学びながら働く」も、どちらも自立した人生の選択肢として尊重されるべきです。
高卒で働いても、自分の意思で学び直せる時代。
そしてそれは、むしろ経済的・精神的に自立した生き方とも言えます。
「大学に行かせられないから子どもは無理かも」と考えていた方にこそ、
この“もうひとつの選択肢”を伝えたいのです。
大学に行かなくても、学びを続けることはできる。
大卒でも、後悔することはある。
子どもを持つという選択もまた、固定観念から自由になることで見え方が変わってきます。
**「高卒で働き、通信で学ぶ」**という選択は、
“豊かさのかたち”が変わってきた今だからこそ、未来へのひとつの希望になり得るのです。