僕が住んでいるのは、見渡す限りの緑と静寂に囲まれた、いわゆる「田舎(地方)」です。
聞こえてくるのは風の音や鳥のさえずり、時折通り過ぎるトラックのエンジン音くらい。そんなのどかな環境で、僕が毎日の作業中やドライブのお供に流しているラジオ放送があります。
それが、東京のFM局「J-WAVE(81.3MHz)」です。
「田舎で暮らしているくせに、東京の洗練されたラジオを聴くなんて、気取っているのか?」
あるいは「都会への憧れをこじらせているのか?」と思われるかもしれません。
しかし、僕自身はそうではないと思っています。
僕がJ-WAVEを聴き続けているのは、都会への憧れなどではなく、「作業効率を極限まで高めてくれる、圧倒的に心地よいBGMだから」という非常に実用的な理由からではないかと感じています。
そして最近、長年感じていた「なぜJ-WAVEだとこんなに作業が捗るのか?」という疑問に対して、一つの確固たる推論に辿り着きました。
それは、「自分にとって全く役に立たないオシャレな情報だからこそ、脳のリソースを奪わずに適度にスルーできる」という説です。
今回は、地方在住のヘビーリスナーとしての視点から、この「J-WAVE×脳のリソース×田舎暮らし」という絶妙な関係性について、深掘りして書いてみたいと思います。
仕事や作業中、何かしらの音を流している人は多いはずです。音楽を聴く人、YouTubeの解説動画を流す人、ラジオを聴く人、あるいは完全な無音を好む人。
僕自身、作業中の「音」にはかなり敏感なタイプです。特に「人の話し声(おしゃべり)」が横で流れていると、無意識のうちに意識がそっちに引っ張られてしまい、キーボードを叩く手が止まってしまうことがよくありました。
では、なぜ「人の話し声」は僕たちの脳のリソースを奪ってしまうのでしょうか?
僕の観察では、作業集中力を著しく低下させるトークには、大きく分けて3つのパターンがあります。
これらはすべて、脳にとって「無視できない刺激」なのではないかと思います。
では、なぜJ-WAVEのトークは作業の邪魔にならないのでしょうか?
ここで冒頭の推論につながります。
J-WAVEで語られている内容を思い出してみてください。
……どうでしょうか。
田舎で静かに暮らし、目の前の作業に向き合っている僕の日常にとって、これらの情報は「1ミリも役に立たない情報」なのです(笑)。
明日すぐに行けるわけでもなければ、僕のローカルな日常の課題を解決してくれるわけでもない。生々しい事件のニュースでもなければ、生活の危機を煽る話でもない。
この「遠い世界の、洗練された、毒にも薬にもならない無駄話」というのが、最高のポイントなのではないかと思っています。
脳には、入ってくる大量の情報から「自分に必要なもの」だけを選択するフィルター機能があります。
J-WAVEから流れてくるオシャレで軽やかなトークを聞いた瞬間、僕の脳は瞬時にこう判断しています。
「了解。この情報は自分にとって緊急性も重要度もゼロ。意識の表層にのぼらせず、背景音(ノイズ)としてそのまま流せ」
この判断が下された瞬間、トークは単なる「音の風景」へと変換されます。
人の声という「温かみ」や「居心地の良さ」だけが部屋に漂い、脳の処理能力(ワーキングメモリ)は100%目の前の仕事や思考に割り振ることができる。
これこそが、僕がJ-WAVEに感じていた「心地よさ」と「集中力維持」の正体だったのではないかと思います。
もちろん、J-WAVEの魅力はトークの絶妙な距離感だけではありません。その根底を支えているのは、開局以来貫かれている「Less Talk, More Music(おしゃべりは控えめに、音楽をたっぷりと)」という美学です。
自分で配信サービスのプレイリストを作って聴いていると、どうしても「曲の好き嫌い」や「曲間の無音」が気になって集中が途切れることがあります。
しかし、J-WAVEの音作りは職人技です。
ナビゲーター(J-WAVEではパーソナリティをこう呼びます)の声が入るタイミングも、まるで曲の一部であるかのようにスムーズです。
急な音量の変化や不快な効果音が一切排除されているため、長時間流しっぱなしにしていても、耳も脳もあまり疲れないように感じています。
まるで、「上質なカフェのBGM」が部屋の中にそのまま再現されているような感覚があります。
この「心地よさ」が最も爆発するのが、車に乗って移動している時間です。
田舎暮らしにおいて、車は生活に不可欠な相棒です。信号の少ない一本道、緑豊かな山あいの道路、海沿いの快走路。そこを走りながらJ-WAVEを流していると、不思議な魔法がかかります。
ふとスピーカーから、洗練されたシティポップやアーバンなジャズが流れてくる。
すると、目の前の見慣れたのどかな田園風景が、まるで一本の上質な映画のワンシーンのように見えてくるのです。
この視覚と聴覚のギャップが、絶妙な「浮遊感」を生み出しているように感じます。
都会の喧騒の中に身を置くのは疲れるけれど、都会の洗練された空気感だけを「音」としてつまみ食いする。
これぞまさに、地方に住んでいる人間だからこそ味わえる「音で旅する最大の贅沢」と言えるかもしれません。
かつて、ラジオといえば電波が届くエリアでしか聴けないものでした。地方に住んでいる人間にとって、東京のFM局なんて「憧れの存在」でしかなかった時代があります。
しかし今は、radiko(ラジコ)のエリアフリー機能があります。
スマートフォンやPCが1台あれば、ボタンひとつで、全国どこにいてもノイズのないクリアな音質でJ-WAVEの放送を聴くことができます。
住んでいる場所がどこであろうと関係ないのだと思います。
インターネットを通じて、自分の部屋や車内を「いつでも集中できて、ほんのり心が整う上質な空間」にブラッシュアップできる。本当に良い時代になったとしみじみ感じます。
「都会的で洗練されている」というJ-WAVEのパブリックイメージ。
それは決して、都会に住むお洒落な人たちだけのものではないと思っています。
むしろ、静かで変化の少ない田舎の日常だからこそ、その「洗練されたノイズ」が最高のスパイスになり、作業の効率を高め、日々の生活に心地よいリズムを与えてくれるのだと思います。
自分に関係のない、都市の軽やかな無駄話が、BGMとしてすーっと脳を通り抜けていく——。
今日も僕は、目の前の作業に没頭しながら、スピーカーから流れてくる六本木の風を心地よく聞き流しています。もし「作業中のBGMがしっくりこない」「ラジオだと集中できない」と悩んでいる方がいたら、ぜひ一度、この「J-WAVE×適度なスルー」の心地よさを試してみてください。
