きっかけは、娘だった。
中学生になってから、娘が毎朝5時頃に起きて勉強するようになった。最初は「すごいな」と眺めているだけだったのだけれど、気づいたら自分も同じ時間に起きて、仕事部屋でパソコンを開くようになっていた。誰かに勧められたわけでもなく、早起き本を読んで決意したわけでもない。娘が勉強している空気に、自然とつられていった、という感じだと思う。
それが今では、朝4時から6時の間に目が覚めることが当たり前になっている。最初は意識して目覚ましをかけていたけれど、今は自然と目が覚めるようになってきた。体が慣れてきたのか、それとも夜9時頃に寝るようにしたから睡眠が足りているのか、正確なところはわからない。ただ、目覚めたときの感覚が、以前と明らかに違う気がしている。
「9時に寝る」と言うと、たいてい驚かれる。子どもじゃないんだから、と笑われることもある。実際、最初は抵抗があった。夜の時間が消えていく気がして、なんとなく損した感覚があったのだと思う。
でも実際にやってみると、夜にできることと朝にできることは、質がまったく違うと感じるようになった。夜の自分は疲れていて、何かを決めたり深く考えたりすることが億劫になっている。ドラマを見たりスマホをいじったりするのが精いっぱいで、それ自体が悪いわけではないけれど、翌朝になって「昨夜は何もできなかったな」と思うことが多かった。
9時に寝るようにしてからは、その「何もしなかった夜」がそのまま「余裕のある朝」に変わったような感覚がある。時間の総量が変わるわけではないのに、使える気がする時間が増えた、という不思議な手応えがあると思う。
起き抜けの頭がいちばんクリアだ、というのはよく聞く話だけれど、実際にそれを体感するようになったのは早起きをしてからのことだと思う。
午前4時から6時の間、まだ外が暗いうちは、余計な情報が入ってこない。LINEも来ないし、メールも届かない。誰かに話しかけられることもない。その静かさの中で仕事をすると、考えがまとまりやすいと感じる。特に、文章を書いたり、何かを計画したり、頭を使う判断をするような作業は、この時間帯が圧倒的にはかどると思う。
自分の場合、だいたい10時頃には「今日やるべきことの半分くらいは終わった」という感覚になっている。午前中の前半で仕事の核心部分が終わっているので、午後は少し余裕を持って動けるようになった気がする。以前は「今日も結局何もできなかった」という日が多かったけれど、今はそういう感覚になることが減ったと思う。これがいいことなのかどうか、正直まだよくわからないけれど、少なくとも自分には合っている気がしている。
自分で意志の力だけでやろうとすると、続かないことがある。早起きもそのひとつだと思っていた。何度か試みては、しばらくして元に戻るを繰り返してきた。
でも今回は違った。娘が勉強している姿を見て、「自分も何かしなければ」という義務感からではなく、「自分もこの場にいたい」という気持ちになったのだと思う。強制でも目標設定でもなく、なんとなく場の空気に引きずられた感じ、というのが近いかもしれない。
環境の力というのは案外大きいのかもしれない。意志で変えようとするより、自分の周りにいる人や場所が先に変わることで、気づいたら自分も変わっていた、ということのほうが、実は長続きしやすいのではないかと思うことがある。証明できるわけではないけれど、自分の経験としてはそう感じている。
習慣が安定してきた今でも、いくつか意識していることがある。特に光の使い方は大事だと感じている。目が覚めたとき部屋が真っ暗だと、もう一度眠ってしまいがちだ。光目覚まし時計を使うようになってから、自然に目が覚めやすくなったと思う。
|
Amazon 「朝4時起き」で、すべてがうまく回りだす! 早起きの仕組みと効果を丁寧に解説した一冊。「なぜ早起きが続かないのか」という視点から読み始められる。 |
Amazon moonmoon inti4s 光目覚まし時計 NHKあさイチでも紹介された光目覚まし。日の出を再現するように徐々に明るくなり、自然な目覚めをサポートする。 |
Amazon 光目覚まし時計 日の出・自然音・アプリ対応 鳥の声や波音など自然音で起きられる光目覚まし。アプリ連携でスケジュール管理もできるシンプルな一台。 |
※本記事にはアフィリエイトリンクが含まれています。
早起きが「正解」かどうかは、正直よくわからない。夜型の人にはまったく合わないだろうし、生活環境によっては現実的でないこともあると思う。自分がたまたまうまくいっているだけで、誰にでも勧められるものではないかもしれない。
ただ、今の自分には合っている気がしている。朝の静かな時間に仕事をして、10時頃にはひと段落して、娘が学校から帰ってくる夕方にはまた余裕が生まれている。そのサイクルが、今の暮らしにはしっくり来ているといえばいいなと思っている。
娘には感謝している。本人はそんなつもりはないだろうけど。
