夏の朝。 寝起きのぼんやりとした頭に、すっきりとした一杯の水出しコーヒー。
15年以上前に買った古びたドリッパー。 プラスチックの部品にはヒビが入り、 本来はセットであるべき下のフラスコはとうの昔に割れてしまった。 代わりに、今は計量カップで抽出している。
機能美? いや、むしろ生活感の塊。 それでも、こいつじゃないと出ない味がある気がして、 毎年夏になると引っ張り出してくる。
ドリッパーの中で、コーヒーの一滴一滴がゆっくりと落ちていく。 その音と動きが、忙しい朝にあえてのスローモーションを差し込んでくれる。
ぽた……ぽた……。
そんな音を聞きつけて、じーっと見つめているのが—— そう、我が家の監視員、みたらしである。
キッチンに置かれたドリッパーの向こう側。 計量カップ越しに、ふたつのまんまるな目。 黒と茶と白が織りなす美しい模様の奥で、確実に“狙っている”。
何を狙っているのかはわからない。 たぶん、コーヒーの液体じゃない。 落ちるしずくか?動いている道具か? それとも、ただ私の一番気を取られているものを狙っているのかもしれない。
もちろん、危険を察知してすぐに他所に移動させた。 コーヒーをひっくり返されたら、目覚めどころの騒ぎじゃない。
夏の朝。 水出しコーヒーの香り。 じわじわと忍び寄る猫の気配。
この古びたコーヒーセットも、 そしてその向こうに潜むみたらしも、 我が家の“夏の定番”になりつつある。