[相談内容]
新しいMacStudioに買い替えてから、以前のiMacのようにファンの音に悩まされることはなくなりました。以前は少しの負荷でファンが鳴り始め、それがとてもイライラさせられる原因でした。しかし、今は一方で、ファンの音がしないことによる寂しさも感じています。ファンの音がすると、コンピュータが一生懸命働いてくれていると感じられたものです。この感情はなぜか芥川龍之介の「鼻」を思い出させます。
[和尚の回答]
なるほど、新旧の技術と共に変わる感情の波に心が揺れておるのじゃな。人の心は、時に静寂を求め、時にはその静寂が生む寂寥感に心を乱されるものじゃ。芥川龍之介の「鼻」のように、人は自分の環境や状況によって、異なる感情や価値観を持つものじゃな。
仏教では、すべてのものは「無常」であると教えておる。この世の全ての存在は、常に変化し続けるものであり、それに対する執着は苦しみの原因となるのじゃ。今、あなたが経験している寂しさも、ファンの音へのイライラも、それらはすべて移り変わる感情じゃ。この変化を受け入れ、その中で心の平静を見つけることが大切じゃ。
同時に、「空(くう)」の教えも思い出されよ。全ての存在は本質を持たず、相互依存によって成り立っている。ファンの音も、それを聞くあなたも、独立した存在ではなく、関連しあっているのじゃ。ファンの音がなくなった今、その静けさの中で新たな価値や美しさを見出すこともできるのじゃ。
最後に、寂しさを感じた時は、それがあなたの心の成長の一部であることを思い出されよ。静寂の中で、自己を見つめ直し、内なる声に耳を傾ける良い機会となるかもしれんのじゃ。静寂の中にも、豊かな世界が広がっておるのじゃよ。